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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)10925号 判決 1982年5月31日

原告(二五六名選定当事者) 音川政彦 外一名

原告(一三八名選定当事者) 三田村登 外一名

被告 社団法人日本芸能実演家団体協議会

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告(選定当事者)音川政彦、同木納康司に対し、別紙第一選定者目録記載の各選定者に対するそれぞれ三万〇三三〇円及びこれに対する昭和五四年四月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告(選定当事者)三田村登、同田村文丸に対し、別紙第二選定者目録記載の各選定者に対するそれぞれ三万〇三三〇円及びこれに対する昭和五四年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  別紙第一、第二選定者目録記載の選定者(以下、「選定者ら」という。)は、いずれも昭和四六年以前から現在に至るまで、主に近畿地方において音楽演奏に従事して生計を立てている者である。

2  被告は、昭和四二年に設立された社団法人であつて、著作権法第九五条第二項の規定に基づき、昭和四六年三月一一日、文化庁長官により商業用レコードの二次使用料を受ける権利を行使することができる団体として指定された団体である。

被告は、同条第一項に規定する「放送事業者及び音楽の提供を主たる目的とする有線放送を業として行なう者」(以下、「放送事業者等」という。)から、同項規定の商業用レコードの二次使用料として、昭和四六年から昭和五二年までの間、合計三億八二四七万二九二八円の金員を受領した。

3  選定者らは、被告に対し、二次使用料の分配を請求する権利を有する。

(一) 著作権法第九五条所定の商業用レコードの二次使用料を受ける権利は、次の理由により、レコード吹込の有無等にかかわりなくすべての音楽実演家に与えられていると解すべきである。

(1) 商業用レコードの二次使用料を受ける権利は、沿革的にも労働者保護機関である国際労働機構(ILO)によつて、労働者としての芸能実演家の保護のために、いわゆる機械的失業に対する補償として、すなわち録音録画技術の進展に伴う出演機会の喪失、失業の危険に対する補償として、これを認めることが提唱され、一九六一年の「実演家、レコード製作者及び放送事業者の保護に関する国際条約」において認められたのであり、わが国の著作権法第九五条は、右条約の趣旨を承けて、労働者としての実演家の権利の保護という労働法的見地から、二次使用料を受ける権利を立法化したものである。

(2) 著作権法第九五条第一項に規定されている「当該実演に係る実演家」を、放送又は有線放送に用いられた商業用レコードにその実演が録音されている実演家のみを意味すると解することはできない。けだし、これらの実演家は、本来同法第九一条によりすでに実演を録音するに際しその権利を処分しているのであり、したがつて、これらの実演家にのみあらためて同法第九五条の利益を与える必要は考えられないからである。

(3) 同法第九五条第二項は、二次使用料を受ける権利を行使することができる指定団体の要件として「国内において実演を業とする者の相当数を構成員とする団体」と規定して、実演家につき商業用レコードに実演を録音した実演家かどうかを区別していない。すなわち、同項の規定は、個々の実演家の権利行使に伴う技術的煩瑣の点から、右指定団体による権利行使という方法を採用したものであるが、もし、二次使用料を受ける権利が商業用レコードに実演を録音した実演家にのみ帰属する権利であるならば、その権利行使団体もまた当然に商業用レコードに録音した、又はその可能性のある実演家により構成される団体でなければならないはずである。にもかかわらず同項の規定が実演家につき商業用レコードに実演を録音した実演家かどうかを区別していないのはその前提として、二次使用料を受ける権利は、すべての実演家に存することを認めているのである。

(二) 以上のように、二次使用料を受ける権利は、すべての実演家に帰属すると解すべきところ、著作権法第九五条第二項は、同項に規定する指定団体があるときは、右権利は、右指定団体によつてのみ行使することができる旨規定している。したがつて、右指定団体は、放送事業者等から二次使用料を受領した場合、公平かつ合理的基準に則つて右二次使用料を権利者たるすべての実演家に分配する義務があり、これに対応して、すべての実演家は右指定団体に対し二次使用料の分配を請求する権利を有する。

(三) 選定者らは、前記のとおり昭和四六年以前から現在まで音楽演奏に従事している音楽実演家であるから、昭和四六年から昭和五二年までに右指定団体である被告が受領した二次使用料の分配を請求することができる。

4  被告は、被告が放送事業者等から受領した二次使用料のうち、その六八パーセントを選定者らと同種の実演に従事している歌手、洋楽部門の実演家ら八五七五名に分配している。しかし、商業用レコードの二次使用料はその性格からいつてほとんどすべてが音楽実演家に分配されるべきであり、被告の音楽実演家に対する右分配率六八パーセントは極めて低いといわなければならない。したがつて、選定者らが被告よりそれぞれ分配されるべき金員は被告が受領した前記二次使用料三億八二四七万二九二八円の六八パーセントの八五七五分の一である三万〇三三〇円を下廻ることはない。

5  よつて、被告に対し、原告(選定当事者)音川政彦、同木納康司は、第一選定者目録記載の各選定者が被告から受けるべき分配金の内金それぞれ三万〇三三〇円及びこれに対する昭和五四年(ワ)第二九七一号事件の訴状送達の日の翌日である昭和五四年四月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告(選定当事者)三田村登、同田村文丸は、第二選定者目録記載の各選定者が被告から受けるべき分配の内金それぞれ三万〇三三〇円及びこれに対する昭和五四年(ワ)第一〇九二五号事件の訴状送達の日の翌日である昭和五四年一一月一〇日から支払ずみまで右同割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因に対する認否

(一) 請求の原因1の事実は不知。

(二) 同2の事実は認める。

(三) 同3は争う。

(四) 同4中、昭和四七年から同五一年までの歌手、洋楽部門への二次使用料の分配率が六八パーセントであることは認め、その余は争う。なお、歌手、洋楽部門の実演家の数は、昭和五二年八月一日現在八七四〇名である。

2  被告の主張

(一) 著作権法が第九五条において実演家の二次使用料を受ける権利について規定した趣旨は、第一に、商業用レコードが放送や音楽有線放送に用いられるのは通常予定している商業用レコードの使用範囲を超えた利用であるから、実演家、レコード製作者にも放送事業者等が大量のレコードを用いてあげている経済的利益に、ある程度あずからせてもよいという考え方、第二に、商業用レコードが大量に放送、有線放送に使用されることにより、多数の実演家が実演の機会を失うことに対する補償を与えるという考え方による。しかし、立法趣旨において、実演家全体に対する補償的な意味合いがあるとはいえ、同条第一項が、放送事業者等は、「第九一条第一項に規定する権利を有する者の許諾を得て実演が録音されている商業用レコードを用いた放送又は有線放送を行なつた場合(略)には、当該実演(著作隣接権の存続期間内のものに限る。)に係る実演家に二次使用料を支払わなければならない。」と規定しているのは、法律体系上右二次使用料を受ける権利は、放送又は有線放送に使用された商業用レコードに収録されている実演を行なつた実演家の権利と構成せざるをえないためであり、したがつて、現行著作権法上、すべての実演家が単に実演家であるとの理由によつて右二次使用料を受ける権利を有するものではない。

選定者らは放送又は有線放送に使用された商業用レコードに収録されているところの実演家ではないから(少なくともそのような主張はないから)、著作権法第九五条第一項所定の二次使用料を受ける権利を有するものではなく、したがつて被告に対し二次使用料の分配請求権を有しない。

(二) 著作権法は第九五条第二項の指定団体による二次使用料の分配については特段の定めをしておらず、著作権法施行令第四七条ないし第五〇条、同法施行規則第二二条の規定するところによれば、現行著作権制度において、指定団体は二次使用料の分配方法に関する事項をその業務規程に定め、文化庁長官に届出て処理すれば足りるとされているのであり、二次使用料の分配を受けるべき団体の範囲及び分配方法の具体的内容については指定団体が合理的と考えるところにゆだねている趣旨と考えられる。

してみると、指定団体が二次使用料を各団体等に分配することは、文化庁の監督のもとにおける法人としての業務の遂行にほかならず、その性質は行政的運営であつて、具体的な金銭債務の履行そのものではない。したがつて、放送又は有線放送に使用された商業用レコードに収録されている実演をした実演家の二次使用料を受ける権利は、広い意味での二次使用料の分配を受けうる地位にあるにすぎず、自らの具体的取得分を主張して、直接指定団体に支払請求をなしうるものではない。この意味において個々の実演家が二次使用料に関して有する権利は訴訟上、訴求しうる権利とはいえない。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の主張(一)について

被告は、放送事業者等より受領した二次使用料を、例えば社団法人舞踊協会、日本バレエ協会等商業用レコードに録音される実演を行なつていない実演家の団体に対しても分配しており、このことは被告自身すべての実演家が二次使用料について権利を有することを自認していることを示すものである。被告が本訴において右に反する主張をすることは信義則に照らし許されない。

2  被告の主張(二)について

被告は、指定団体として実演家の権利を行使する単なる代行機関にすぎず、放送事業者等より受領した二次使用料を権利者たる実演家に支払うべき義務を負つていることはいうまでもない。被告が権利者たる実演家個々に支払うべき二次使用料を他の形態で分配しているとしても、それはあくまでも権利者たる実演家の同意に基づいてなされるものである。また、被告が「クレーム基金」を設け、被告に加入していない実演家からの二次使用料の請求に備えているのは個々の権利者が具体的な請求権を有することを被告自ら自認していることを示すものである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因2の事実は当事者間に争いがない。

二  原告らは、選定者らは音楽実演家であることにより著作権法第九五条第一項に規定する二次使用料を受ける権利を取得し、したがつて被告に対し二次使用料分配請求権を有する旨主張し、被告は右の点を争うので、以下判断する。

著作権法第九五条第一項は、「放送事業者及び音楽の提供を主たる目的とする有線放送を業として行なう者(以下この条及び第九七条第一項において「放送事業者」等という。)は、第九一条第一項に規定する権利を有する者の許諾を得て実演が録音されている商業用レコードを用いた放送又は有線放送を行なつた場合(当該放送を受信して再放送又は有線放送を行なつた場合を除く。)には、当該実演(著作隣接権の存続期間内のものに限る。)に係る実演家に二次使用料を支払わなければならない。」と規定しており、この規定によれば、二次使用料を受ける権利は、右規定における「当該実演に係る実演家」すなわち放送又は有線放送に用いられた商業用レコードに収録された実演を行なつた実演家に帰属すべきものと定められていることが明らかである。そして、同条は「当該実演(著作隣接権の存続期間内のものに限る。)に係る実演家に二次使用料を支払わなければならない。」と規定し、二次使用料を受ける権利は、商業用レコードに収録された実演についての著作隣接権が存続する期間内存続することを定めており、この点からみても、二次使用料を受ける権利が、商業用レコードに収録された実演と無関係にすべての実演家に帰属すべきものと解する余地はない。

したがつて、同法第九五条第一項の立法の沿革が原告ら主張のとおりであり、その立法の趣旨において、労働者としての実演家のいわゆる機械的失業に対する補償の意味があつたとしても、商業用レコードに実演が録音されているかどうかにかかわりなく音楽実演家のすべてに二次使用料を受ける権利が与えられていると解すべきとする原告らの主張は、現行法の規定の文言を無視するものであり、到底採用できない。右の立法趣旨は、現行著作権制度のもとにおいて、著作権法第九五条第二項ないし第一一項、同法施行令第四七条ないし第五〇条、同法施行規則第二二条の規定するところにより、同法第九五条第二項の定める指定団体があるときは、指定団体が、その内部的意思により、二次使用料の分配方法に関する事項を業務規程に定めるに当たり、分配を受ける者の範囲を商業用レコードにその実演が録音された実演家以外の実演家にも及ぼすことによつて、間接的に達成されることが期待されているというべきである。被告が商業用レコードに録音される実演を行なつていない実演家の団体にも二次使用料を分配しているとしても、そのことによつて、被告が、すべての実演家が二次使用料を受ける権利を有することを自認したことにはならないことはいうまでもない。

以上によれば、商業用レコードにその実演が録音されている実演家であるかどうかにかかわらずすべての実演家が被告に対し二次使用料請求権を有することを前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  よつて、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野利秋 清水篤 設楽隆一)

第一、第二選定者目録<省略>

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